佐賀県多久市出身 日本第一号の工学博士

多久の孔子廟のそばの東原庠舎に行ってきました。(今は、宿泊研修施設となっていますが)そこは、多久の名士たちの支えで、多久の神童 志田林三郎が学んだところです。緑の森のようなところにあります。

イタリアのマルコーニが行った10年も前から尊電式無線通信の実験などを行ったり、いつか電線を用いずに遠いところの人と通信ができたりするようになるといったことを電波という言葉がまだない時に将来可能となる電気技術の予測を立て、36歳という短い人生で亡くなってしまいますが、日本における電子工学、電子技術の出発点を切り開いた人です。

東原庠舎で学んだ後、先に渡英して学んだ石丸安世(虎五郎)に英語を学び、影響を受け、石丸とともに上京、工部省工学寮に入りました。そこで、英国人、エアトンに教えてもらっていて、英国に留学した時も言語には不自由しなかったそうです。

1879年英国スコットランドのUniversity of Glasgow で数学と物理を専攻、物理学の世界的権威ーウイリアムトムスン《ケルビン卿》という人に師事 

トムソンの原理、絶対温度《ケルビン温度》を提唱し、英国の電信、電話インフラの整備指導、大西洋ケーブルという一大国際事業を指導した功績などで、英王室から、貴族称号を贈られた人です。)

ケルビン卿から、私が出会った数ある教え子の中で最高の学生と絶賛された。

それもそのはず、学生の身ながら、自らの実験研究の成果を英国協会で講演

当時、世界中からUniversity of Glasgow に集まった学生の研究論文を審査し一人だけ渡されるクレランド金賞を帯磁率の研究において受賞して、当時の新聞にも掲載されたそうです。英語で、英国人を差し置いてすごいです。


帰国後、工部大学校《現東京大学工学部の前身》電気工学科教授に27歳で就任

 

英国で学んだ偉人 電気学会の創設者ー志田林三郎(多久市)

英国で学んだ偉人2
電気学会の創設者ー志田林三郎(多久市)

志田林三郎が学んだ東原

志田林三郎が学んだ東原庠舎