長崎県出身 東京家政学院の創立者 女子教育の先駆者 

生まれつき左耳の近くにあったシミが目の周りに大きくアザになり、当時は、容姿によるコンプレックスを気にして、両親は、将来的に自立できるように教育に力を入れ、名門東洋英和女学院に入学させました。

そこを卒業し、数学の教員として勤めていていましたが、女子高等師範学校に進学しました。
文部省の命により 英国へ留学 Battersea college of education の家政師範科をへて、Bedford collegeに於いて 社会衛生学を学びました。
そして、家政学の地位を三法主義(女房、税法、鉄砲)の概念で捉えまし。

それは、女房は、家庭の中心で家を治めるもの 説法は、個人の心を治めるために正義を実行すること 鉄砲は、戦争のためでなく平和を保つために必要なものと捉えていたものです。
のちに、東京家政学院を創立し、女子教育の先駆者となりました。