山口県出身 
日本の工業の父と言われる山尾庸三は、長州ファイブとして、海軍修業のために
密出国し、ロンドンに到着し、University College London へ入学 土木工学を専攻します。
その後 産業革命発祥の地であるグラスゴーに行き、造船技術を学びます。
夜間は、Anderson College (現University of Strathclyde)の授業に通っています。
彼が見習生としていたネピア造船所の職人の中には、耳が聞こえない人たちもいて、手話で会話がなされていて、それでも技術があれば、仕事をこなせていることに気がつきます。そして、日本にも聾唖教育が必要であると考え、時間を見つけては、聾唖学校や盲学校を見学します。

帰国後、’工業を以って、国を興す’べく、スコットランドから校長として、ヘンリーダイヤを招き、工部大学校《東大工学部の前身》を創立 また、聾を患う身体障害者の人材教育にも熱心に取り組むとともに、訓盲院という目の見えな人を教える学校を設立しました。